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2001/03/03-2001/06/15


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2001/06/15

気楽にマーラーの交響曲3題

Gustav Mahler(1860-1911)

・Symphony No.9 in D major

Sir John Barbirolli(cond.)
Orchestra Sinfinica di Torino della RAI
1960/11/25, Torino?(live)/STEREO?

FOINT CETRA, ARCD 2062(伊・輸入盤)



・Symphony No.4 in G major
(Arrangement for chamber ensemble by Erwin Stein)

Daniel Hellmann(cond.), Howard Griffiths(Soprano)
Northern Sinfonia
1999/3, Newcastle, UK (studio)/STEREO

NOVALIS, NOVALIS 150 156-2(瑞西・輸入盤)



・Symphony No.9 in D major

Hermann Scherchen(cond.)
Vienna SO.
1950/5/19, Wien(live)/MONO

MELODRAM, CDM 18038(伊・輸入盤)


【満足度】●●●○○

最近、聴いてみたい!と思わせる新譜や再発盤がなくて、CDショップから足が遠ざかっている。ネットで情報を探っても、セールスに去年の暮れから今年の初めにかけてのような勢いがなくて、ちょっと意気消沈といったところ。 先月の終わり頃か、別の用事で池袋に行ったところ(というか、大塚からぶらぶら歩いていたら、どこに居るのかわからなくなって、知らないうちに池袋に着いていた!(爆))、レコファンの池袋が開店していて、マーラーばかり3枚も買ってしまった!

まずはバルビローリ指揮・トリノ放送響のマーラー:交響曲第9番。FOINT CETRAというレーベルで1960年のライヴ録音。イタリア盤だし、1960年だからどうせ雑音ひどくて聴けないんだろうな〜と思いつつも、バルビのマラ9とあれば有名なベルリン・フィルとのEMI録音があるので、めったに見かけない珍盤ということもあり、即購入してしまった。録音悪そ〜、と思いつつもその日買ったCDでは一番期待していたので、帰宅するやいなや即プレーヤーにのせる。

あれ?これほんとにイタリア盤?聴いてみてびっくり、正規盤とはいかないが、そこそこ聴ける音だ。疑似ステレオっぽくもあるが、ステレオ感もある。イタリア語なのでよくわからないが(ちゅうか、俺は日本語しかわからん)、どうもトリノ放送の放送音源らしい。たしかに放送録音らしく、音の幅はない感じだ。で、肝心の演奏だが、バルビローリの演奏の中では、あまり個性がないほうなのではないかと思う。ほのぼの〜とした感じで、ライヴ特有の高揚感もいまいちだし、ベルリン・フィル盤を持っていれば敢えて聴く必要もないような。でも、トリノ放送響はなかなか健闘。これくらいの音質のマーラーのほかの交響曲も出てくれればその中には名演もあるのでは?という気もする。それにしてもマーラーの9番て難しい曲だと思う。あんまりくどくてもいけないし、さっぱりしすぎるとつまらないし、いまだに名演みつからず。ジュリーニ&シカゴ響が一番なんだろうか?自分でもよくわからなくなってきた。そのうち聴き比べしよう。

続いて、マーラーの交響曲第4番。室内楽編曲版という好事家向け?のシロモノで、半年ほど前に新譜で出た時も買おうかどうしようか(一瞬だけ)悩んだが、数秒の判断により買わないことが決定。何と言っても新譜2,390円はぼったくりでしょ?かなり冒険盤だしね・・・。でも、今回は中古540円という破格値だったので即購入。演奏してる人たちは誰も知らないけれど、ノーザン・シンフォニアってイギリスローカルレーベルのASVというところから出てるドヴォルザークの『弦楽セレナーデ&管楽セレナーデ』(チョン・ミュンフン指揮)が良かったんだよねー。澄みきった心洗われるような音っていうやつ?演奏のほうは、室内楽版だからか、終楽章のソプラノの声が大きく聞こえる。それで、楽器が少ないことも手伝って澄みきった演奏に。マーラーで澄みきった音っていうのは向いていないのかもしれない。それでも、室内楽の中にピアノがふんだんに取り入れられていたり、楽器の音がくっきり聞こえるので編曲自体はおもしろかった。ちょっと別の曲のように聞こえる部分もあるけど。で、2度3度と聴いているうちにもう満足した。マーラーの4番て、普通の管弦楽で聴いても、こういう室内楽版で聴いても、何度も聴いてると飽きるものらしい。このCD、ジャケットもミュシャで、"Die Musik"という絵が使われていた。ほー、こんな絵もあったか、と知ることもできたし、よしとしよう。(使い方はいまいちだけど)

3枚目はシェルヘンのマーラー:交響曲第9番。家に帰って来てから気付いたけど、これってORFEOで出てるのと同一音源じゃ?ORFEO盤はシケシケで、1度聴いただけでご奉公に出してしまった・・・。ウィーン響だし、1950年録音だし同じ音源だよな、と思って聴いていたが、ORFEO盤より音が生々しい。どうもORFEO盤って古い演奏、特にモノラル音源がくぐもった、つまんない音になりがちなんだよねー。こんな怪しげなイタリアン海賊盤以下の音出してるようじゃ、ORFEOもイカンと思うが。ま、1度聴いた音源ながら、盤が違うとなかなか新鮮。でも、お前もそのうちご奉公かもよ・・・(^^ゞ

ふぅ、今回はこんなもんか。なんかずいぶん文体変わってしまったな。
まあよかれ。今月はボーナスも出るのだ。
このページもいろいろな挑戦をしていくのであろう・・・



2001/04/22

ARTE NOVAの『フィガロの結婚』を聴く

Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)
・Le Nozze di Figaro 〜 『フィガロの結婚』

Gustav Kuhn(cond.)
Albert Dohmen(Almaviva), Stefano Rinaldi Miliani(Figaro),
Paola Antonucci(Susanna), Monica Minarelli(Cherubino)
Marchigiana PO.
1993/07/29,8/2,5,10, "Teatro Lauro Rossi", Macerata, Italy(live)/STEREO

ARTE NOVA, 74321 77071 2(欧・輸入盤・3CD)


【満足度】●●●●○

私が『フィガロの結婚』を聴こうと思ったきっかけは、映画『ショーシャンクの空に』の中で二重唱「そよ風によせて」が使われていたことにある。妻殺しの冤罪で刑務所に入っている主人公が図書係に任ぜられ、手に入れたレコードを放送室でかけたところこの曲が流れてきたのだ。自由な気持ちになった彼は、みんなにもこの曲を聴かせたいと思い、放送のスイッチを入れ刑務所中に大音量で流す・・・。結局彼は刑務所長らにこっぴどく叱られるのだが、「この曲が誰の書いた何という曲なのかは知らない、ただ、何か自由な気持ちになれた」というようなことを感じてかけてしまったようなのだ。

この映画に使われていた演奏はグラモフォンから出ているベーム指揮バイエルン国立歌劇場のものだった。しかし、この盤は高く、なかなか買えなかった。他の盤を買い、数年した頃この演奏を買うことができた。・・・しかし、私の期待もむなしく、このベーム盤を聴いても映画を見た時の興奮はよみがえってこなかった。リマスターされているのに、ヒスノイズが強く、スザンナと伯爵夫人の声にも不満があった。(他の部分も不満が多かったのでさっさと中古屋に売ってしまった!)

今回紹介するのは新興の廉価盤レーベル、アルテ・ノヴァから出ているグスタフ・クーン指揮マーチギアーナ・フィルの演奏。『フィガロの結婚』の全曲盤はたいていCDでも2枚か3枚になる。2枚のものは編集しまくって曲間がギスギスに詰められていることが多い。となるとたいていは3枚、価格もそれなりに張ってくる。ところがこのクーン盤は3枚組で1,560円という破格の安さ。同じ物を3,200円で売ってるショップもあったけど。

さて、演奏のほう。あまり知られていないオケながら、演奏は全体的にソフトで聴いていてうるさくない。これだけ長いオペラはあまり個性的な演奏だと途中で息切れしてしまう。もちろんライブ盤であり、演奏技術も一流どころと同じ、というわけにはいかないが、私が聴く分には一定の水準には達している(イタリアの無名オケだったので、買う前はどんなにひどいオケかとあらぬ期待?をしていた節もあったのだが)。それどころか要所要所はきっちり盛り上げてくれていて、ソフトなのに退屈でない。歌手陣も配役と年齢面で無理がないぶんだけしっくりきている。あまり聞いたことがない歌手が多いのだが、詳しい人に言わせるとかなり伸びてきている期待の歌手たちなのだそうだ。そのことは実際聴いてみるとなんとなくわかる。有名な大御所の貫禄と余裕たっぷりの歌い方とは違うが、張りがあって聴きやすい。部分的な感想をあげていこう。序曲はライヴ特有の高揚感もあってなかなかのもの。第1幕は他の演奏で「これは」と思うものがない中にあって、完成度が高い。有名な「恋とはどんなものかしら」もいいのだが、なんか途中で録音のミスがないか?そして私が気にしている「そよ風によせて」だが、これはちょっとさっぱりしすぎ。それからクーンの指揮やまとめ方も実力を感じる。トータルで見て、へたなメジャーレーベルの高価なCDを買うよりもこちらのほうがよいというのが結論。差額で対訳本でも買ったほうが懸命のように思う。

さて、私がいつも気にかけている「そよ風によせて」だが、いまだに「これは!」という演奏に出会ったことがない。この二重唱自体そんなに有名ではない(この二重唱のあとに拍手が入るということも曲の流れ上ないだろう)し、舞台でも手紙を書きながら歌うという「手紙を書く」という演技も重要になる部分なので、歌のほうに力を入れる歌手も少ないように思う。それでもいつか、満足いく演奏が見つかればな、と思っている。



2001/04/13

疲れた日に・・・


Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)
・Ave verum corpus, K.618

(A)
Rafael Kubelik(cond.)
Bavarian Radio SO.
1973/02, Munchen(studio)/STEREO

Deutsche Grammophon, POCG-6022(国内盤)


(B)
Sir Colin Davis(cond.)
John Constable(org.)
London SO.
1971/04, London(studio)/STEREO

PHILIPS, 446 240-2(独・輸入盤)


【満足度】●●●○○

3月の終わりくらいから、1日のんびりするという日がないので、なかなか音楽を聴き込めないでいる。仕事を引き継ぎ、新しい仕事を覚える・・・そんなに苦ではないのだが、やはり気が張っている。さらには土日にどうしても出かけなくてはいけない用事があったり、自分の都合で出かけたりしているので(自業自得とも言う?)、心身とも疲れていて音楽を聴く余裕がないのだ。

この曲は、3月の終わり頃、ある人が「新聞記事でこの曲が載ったエッセイがあったんだが、見つからない」と言っていて、気になったので買ってみた曲だ。その記事はとあるキリスト教系の学校の教授か学長が書いたもので、寝る前にCDプレーヤーを入れて、この曲が始まるまでの音のない間が好きだ、と書かれていた。初めて聴いた時は、「こんなもんか」と思っていたが、次第にこの3分ほどのモテット(宗教合唱曲)が気に入ってきた。モーツァルトの晩年(といっても30代だが)に書かれたもので、キリストの生誕から死後までをわずか3分ちょっとにまとめているという曲。(A)のクーベリック盤ではあっけないほどさっぱりした演奏だったが、(B)のコリン・デイヴィス盤はオルガン伴奏で少しだけ荘厳さがあって教会で聴いているような錯覚に陥る。CDプレーヤーに入れっぱなしだったので寝る時にかけて聴いていた。しかし、先日久しぶりにクーベリック盤を聴いてこちらの良さにも気がついた。透明な音楽で、聴いていて全身の力が抜けていくようだ。クーベリックの演奏は熱く力強いライヴが好きだが、このような何度も聴くうちに美しさがしみでていくようなスタジオ盤も捨て難い。

ヒーリング音楽を馬鹿にしつつも、疲れた時はこんな音楽だな、と実感。ただ、相変わらずモーツァルトの明るい曲は好きになれないな、とカップリングのミサ曲を聴きながら思ってしまった。ふぅ、時間がほしいねぇ。



2001/03/23

オーマンディのR・シュトラウス『英雄の生涯』 (1960年録音)
そしてセル熱演の『ティル』、『ドン・ファン』


Richard Strauss(1864-1949)
・Ein Heldenleben, Op.40 〜 『英雄の生涯』
・Don Juan, Op.20 〜 『ドン・ファン』 *
・Till Eulenspiegels lustige Streiche, Op.28
〜 『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 *

Eugine Ormandy(cond.)
Ansel Brusilow(vn.)
Philadelphia O.
1960/01/15, Manhattan Center, New York City(studio)/STEREO

George Szell(cond.) *
Cleveland O. *
1957/03/29,30, Masonic Temple, Cleveland(studio)/STEREO *

SONY CLASSICAL(ESSENTIAL CLASSICS), SBK 48272(米・輸入盤)


【満足度】●●●●○

先入観というものは怖いもので、ことあるごとにマスメディアで「この人はこんな人なんですよ〜」という記事や話題を見ると、その人に実際に会ったこともなければ自分で調べたわけでもないのにその人はこんな人なんだな〜、と思い込んでしまうことがある。音楽の世界でも似たような事例は多い。特にクラシックなんていう限られた狭い世界だと、その世界で影響力のある有力な評論家なんかが「この人の演奏はダメ」と烙印を押すと、そのシンパが有無をいわず同調して、あれよあれよという間に「ダメ演奏」ということになる。もちろん逆も然りだが・・・。オーマンディがそのよい例であるかどうかということはここでは問題にしないが、彼の演奏を誉める文章にはほとんど出会ったことがない。何年か前の話だが、クラシックに精通していると周囲の人々から言わしめる人がワゴンセールで300円で投げ売りされているオーマンディのCDを見て「オーマンディじゃ300円でも買わないな。悲愴ぐらいは買ってもいいか。」と言っていた。私が「オーマンディは聴いてみてどうですか?」と聞くと、「聴いたことないけど聴かないでもわかるよ。悲愴は評価されているから聴いてみたいけどね。」と答えて唖然としたことがある。それまではその人の意見などを参考にしていたがこれでいっぺんに冷めた。私が初心者だったということもあるが、今改めて考えてみると、彼は評論家の意見をそのまま自分の意見のように言い放っていただけだった。・・・とここまで書いてはっとした。自戒しなければならないな。私もこのページに文章を書くとき知ったかぶりをして評論家の受け売りを少なからずしてしまうことがある。それは主として自分の意見に自信が持てないときなのだけれど。

オーマンディの演奏はきらびやかで明るく派手だと思う。特に1960年前後のコロムビア(現・SONY CLASSICAL)時代はその録音も手伝ってそれが強調されている。なぜかそれが叩かれる。ショスタコを明るくやろうがシベリウスを派手にやろうが「勘違い」とか言われる筋合いはないように思うのだが。では派手な演奏が向いていそうな曲に関して取り上げてもらっているだろうか?取り上げている人がいないような気がするので私があげることにする。R・シュトラウスの『英雄の生涯』は、フィラデルフィア&オーマンディの演奏がぴったり来るのではないか?と思い前々から探していた。現役国内盤はないようだがSONY ESSENTIAL CLASSICSシリーズにあることがわかり購入した。実際聴いてみると期待を裏切らない演奏内容。冒頭からバリバリと来るし、さすがフィラデルフィアだけあってソロも素晴らしい。単純明解、そこが気に入らない人も多いみたいだけど、巷に溢れるこの曲のCDの中でかなりの上位に入ってきている演奏だと思う。ちなみに、セルの2曲も素晴らしい演奏。特に『ティル〜』のほうはスタジオ録音にも関わらずセルの掛け声まで聞こえてしまうという大熱演。セルは私が言うまでもなく誉めてる人は多い。

ところで、来月、BMGから「オーマンディとフィラデルフィアの芸術」と称したシリーズが発売される。RCA復帰後の1970年代の演奏が中心で、『英雄の生涯』や『英雄』の再録音、ブルックナーの7番、マーラーの『巨人』などが興味があるが、世界初CD化のものも多い。オーマンディに関してはRCA時代の音は単調であまり好きではないが、いくつかは買ってみようと思う。それにしても、こんなシリーズが出るところを見ると、オーマンディも実は人気なんだろうか?SONYにしても、オーマンディの録音ってなぜかCD化されてるのが多いような・・・。やっぱり隠れファンは数多くいると見た。SONYさん、オーマンディのベートーヴェン全集、今度再発してみない?(笑)



2001/03/15

【Concert Report】
新星日本交響楽団第224回定期演奏会(最後の定演)


Modest Petrovich Musorgsky (1839-1881)
・Prelude to "Khovanshchina"
〜歌劇『ホヴァンシチナ』より前奏曲(モスクワ川の夜明け)

Sergei Rachmaninov (1873-1943)
・Rhapsody on a Theme of Paganini, Op.43

Witold Lutslowski (1913-1994)
・Variations on a Theme of Paganini

Richard Strauss (1864-1949)
・"Also Sprach Zarathustra", Op.30 〜『ツァラトゥストラかく語りき』

Ondrej Lenard(cond.)
Peter Jablonski(p.)
Japan Shinsei SO.〜新星日本交響楽団
2001/03/10,18:30-20:30 Suntory Hall,Tokyo,Japan〜東京、サントリー・ホール

【満足度】★★★☆☆

昨年の暮れに−大江戸線全線開通記念−新星日本交響楽団・21世紀コンサートで聴いた新星日本交響楽団の最後の定期演奏会に行ってきた。あれが最初で最後になるだろうと思っていた新星日響の定演に行けたのは幸運だった。

土曜の晩の最後の定演にも関わらず、座席は7割ほどしか埋まっていなかった。曲目が個性的なのは否めないものの、これが現実なのかと感じざるを得なかった。1971年に創立され、高度経済成長期、その後の安定期、バブル景気を経て、長きに渡る今回の不景気。景気が悪くて一番最初に切られるのは文化事業だとわかってはいても、これだけの演奏ができる団体が事実上の吸収合併により消えて行くのは無念である。

朝もやの中のモスクワ川を彷彿される『モスクワ川の夜明け』から演奏会は始まった。雰囲気のある曲で好きなのだが、おとなしい曲なので今回の座席の距離だと多少不満が残った。続いてラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』だが、ヤブロンスキのピアノに勢いがない、というか彼自体このようなロマン派指向濃厚な曲には向いていない演奏体だと思う。この曲は(というかラフマニノフのピアノ曲は)ピアニストがテンポを揺らし、時に強い勢いで、時に消え入るような音で・・・というようにどれだけ魅せるか、という部分にかかっているのでヤブロンスキのような堅実なピアニストだと「美しく弾こう」という気持ちは伝わってくるのだが曲が生きてこない。結果、平板な守りに入った退屈な演奏となってしまった。その反面、ルトスワフスキの『パガニーニの主題による変奏曲』のほうは無名曲にも関わらず、演奏に攻めの姿勢が出ており圧巻だった。それだけに曲自体も非常におもしろいということがわかった。ラフマニノフが好きな私としては、ここまで両曲を弾く姿勢に違いが出ると、ラフマニノフはルトスワフスキの曲の良さを強調するための対比例としてわざと単調に弾いたのではないかと勘ぐりたくなるほどだ(苦笑)。それはともかくも、ルトスワフスキのこの曲の魅力を知ることができたのでよかったとしよう。

休憩後は本日のメイン、R・シュトラウスの『ツゥラトゥストゥラかく語りき』である。私は、この曲を真剣に聴いたことはほとんどない。映画『2001年宇宙の旅』で日の目を見た曲だが、あの冒頭の部分ばかりが印象に残ってあとの印象がかなり薄い。何を隠そう、私が初めて中古屋に売り払ったCDというのはこの曲のCDだった(^^ゞ。そんなわけで、あまり印象がよくなかったこの曲なので、生で聴くのは不安だった。しかし、その不安は杞憂であった。音響効果にばかり気を取られていたCDのときとは違い、弱音部の弦楽や木管パートの美しさを知ることができたし、最初だけかと思っていたオルガンは他でも演奏していたのだな、など、生ならではの発見があった。曲は進み、ラストの部分は音が消えてからもしばらく観客は余韻に浸っているようで、しばらく拍手が出なかった。終演後は名残を惜しむ拍手がいつまでも続き、レナルト氏の感謝の身振りでようやくその熱烈な拍手も止んだ。

この最後の定演の翌日に第90回シンフォニック・コンサートがこの日と同じ曲目で、今月末にファイナル・コンサートが名曲コンサート形式で開催される。しかし、定期演奏会という「いつもの」新星日響の演奏が聴けるのは今回が最後だった。私が聴いた限り、新星日響は最後まで「新星」の如くいきいきとした真摯な音楽を続けてきたと思う。この音色が聴けなくなるのは残念でならない。



2001/03/08

アレンスキー・ピアノ三重奏曲
〜ワルツ堂セールから同曲異演盤の不思議まで


Anton Stepanovich Arensky(1861-1906)
・Piano Trio No.1 in D minor, Op.32
・Piano Trio No.2 in F minor, Op.73

(A)
Neues Munchner Klaviertrio
[Adrian Lazar(vn.), Gerhard Zank(vc.), Hermann Lechler(p.)]
1992/03/23-26, Stadio 3, Bayerischen Rundfunk(studio)/STEREO

CALIG(PILZ原盤),CAL 50913(独・輸入盤)


(B)
The Borodin Trio
[Rostislav Dubinsky(vn.), Yuli Turovsky(vc.), Luda Edina(p.)]
1986/06/19(Op.32), 1990/8/2,3(Op.73), Layer Marney Church, Essex(studio)/STEREO

Chandos(Enchant),Chan 7048(英・輸入盤)


【満足度】●●●●○(Op.32, 73ともに)

今回は何と、室内楽を取り上げる。というのも、室内楽というのは私の守備範囲外だからだ。それほどクラシック歴の長くない私の中でも、さらに聴きはじめて日の浅い室内楽。最近ようやくシューベルトやシューマンの室内楽を聴けるようになってきたが、ベートーヴェンあたりはいまだに鬼門だ。「これを機にベートーヴェンの室内楽に目覚めるぞ!」と、弦楽四重奏全集(全7枚組)を買ったまま、1枚目を聴きかけでCDラックに眠っている、というような室内楽のCDは枚挙にいとまがない(;-。-)。そんな私が、初めて「室内楽って聴けるな」と思ったのがこのアレンスキーのピアノ三重奏曲だ。

(A)のCALIG盤のほうが初めて聴いたCD。大阪堂島のワルツ堂が年に1〜2回行うセールで買った。ここのセールは壮絶だ。びっしりCDが入ったダンボールが6段にも7段にもなって、店内にズラリと並ぶ。しかし、購入できるのは最上段にある箱のもののみ。下のほうの箱を開けてしまったら上のCDが崩落してしまうからだ。また、最上段を見ている人でさえ押すな押すなでひしめき合っているのに、下の箱を横から開けてみはじめようものならば、会場は大混乱を引き起こすに違いない。上の段のCDが残り少なくなっていくと、次第にその下の箱が開けられ、毎日行っても毎回違うものが見れるという算段だ。これは逆を返すと1日明けて行ったらその日に開かれた段のCDは見られないということだ。この辺はうまくやっているな、と思う。価格は3枚で1000円ということが多かった。次第に最下段の箱が開けられ、売れ残りばかりになると1枚100円の超破格値で放出される。ワルツ堂のセールには遠くは東京や名古屋から訪れる人もいるという。このアレンスキーのCDは確か3枚1,000円のときに買ったと思う。1枚500円、2枚800円、3枚1,000円といった値付けなので、数あわせに買ったもので、まったく期待していなかった。ジャケットもさえない30過ぎの男が3人(本当に、お世辞にも格好いいとは言えないむさ苦しい3人である。)、似合わない演奏会用の白黒の服をまとって、なぜかケーキかパイののったテーブルを囲んで紅茶を飲んでいる。テーブル中央の銀杯にはチョコレートらしきものが盛られていて(太るっ中年!)、貧相な花まで飾られている。さらに右の男は歯を見せて何かうんちくをたれて妙にリラックスモードだ。左の男は中央の男の肩に手をのせて、右の男を睨んでいる。この3人、おそらくドイツ人だと思うが、妙にマヌケである。何か披露宴会場のだらしない招待客3人を見ているかのようだ。

そんなわけで期待のかけようもなかったCDだったが、一聴してみるとなかなかいい曲だ。アレンスキーについて詳しいことはわからないが、リムスキー・コルサコフに師事し、グラズノフやラフマニノフにモスクワ音楽院で教授したらしい。しかし、酒と賭け事が好きだったようで、若くして結核で亡くなったという。曲調はロシア的叙情感を湛えており、ボロディンより泥臭さはないが、チャイコフスキーほど洗練しておらず、ラフマニノフのように都会的でもない。カリンニコフと近いものがあり、非常に聴きやすい曲である。まず、第1番はチェロの奥深さと、ヴァイオリンの輝き、この両者にピアノがいい具合で溶け込んでいる第1楽章、軽やかに駆け抜けるようなスケルツォの第2楽章、一転して深く叙情的な第3楽章、激しいパッションの第4楽章というのが安易な感想である。CDこそ少ないが、アマチュアのコンサートなどではよく取り上げられる曲のようだ。それだけ出来がいいということかもしれない。続く第2番は1番と比べて、落ち着いた通好みのメロディである。ともにとても聴きやすい曲なので、室内楽はちょっと・・・という人でもロシア系のロマン派が好きな人にはおススメである。

ところで、先日この曲の同曲異演盤を初めて購入した。CALIG盤は2曲合わせても58分程度なのに、今回買った(B)Chandos盤は2曲で69分を越える。これはどういう演奏をしているのかな?と興味があったからである。家に帰ってさっそく聴いてみると、ぜんぜん違う。(A)はみずみずしく、若々しい演奏だったが、(B)はずっしりと、重くゆっくりなテンポをとっている。CDのレーベル面も合わせて、アダルティー(笑)な演奏だ。(A)が初夏を思わせる演奏ならば、(B)は晩秋を思わせる演奏といえそうだ。どちらのほうがいいということはないが、同じ曲でもここまでイメージが違うと別の曲のようだ。室内楽ってそういうものなんだろうか?私は室内楽初心者なのでその辺がわからない。今は気分に合わせて両方の演奏を聴いている。



2001/03/03

ギーレンのマーラー・交響曲第4番

Gustav Mahler(1860-1911)
Symphony No.4 in G major

Michael Gielen(cond.)
Christine Whittesey(S.)
SWR Baden-Baden and Freiburg SO.
1988/02, Brahms-Saal, Stadthalle, Karlsruhe(studio)/STEREO

INTERCORD(Gielen Edition), 5 44041 2(独・輸入盤)


【満足度】●●●●○

最近、"hanssler CLASSIC"というレーベルからギーレンのマーラーが何点か出始めている。第一弾は第2番『復活』で、第3番もそろそろ出ている頃だろうか。今回紹介するのはそのいずれでもなく、かつてインターコードから出ていた第4番である。この4番も、録音は古くないから、"hanssler CLASSIC"のマーラー・チクルスの一環として出るのかもしれない。いや、別の録音が発売されるのだろうか?それとも「チクルス」は成立しないのか?参考までにギーレンのマーラーは2・3番が"hanssler CLASSIC"、4・9番がインターコード、8番がSONY CLASSICALから出ている。どういう訳かレーベルがバラバラである。

さて、ギーレンといえばバーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団(略してSWR)のシェフであり(ギーレンは主席指揮者とかいうより、シェフという言葉が合うように感じてしまうのはマスコミの力か?クラシック界のマスコミなどたいしたことないけれど、それに乗せられてる自分って・・・)、現代音楽の旗手といっていいくらい現代曲を得意としている。その一方でベートーヴェンやブルックナー、マーラー、チャイコフスキーなども演奏・録音し、幅広いレパートリーを持つ。これらの曲の入ったインターコード(現在はEMIに版権が移っているようだ)から出ている「ギーレン・エディション」シリーズを聴いてみると、どの曲も非常にすっきりとした演奏である。このマーラーの交響曲第4番もその傾向は変わらず、こってりした演奏の多いこの曲の録音の中で異彩を放っている。バルビローリやバーンスタインのマーラーを聞いている人にとっては「これはマーラーらしくない」と言われてしまいそうなほどだ。だが、日常的に濃厚なマーラー節を聴いている人にとっては、時にはこんなさっぱりすっきりな演奏も口直しにいいと思う。私がこの演奏で特に気になったのは第3楽章だ。この第3楽章は第9番の終楽章にも負けないくらい穏やかで、時には物悲しくなってしまうような音楽だ。マーラーの交響曲で物悲しくなったことは今までになかったと思う。また、下手をすると単に退屈なだけになってしまうこの楽章をこんな方法で聴かせるというのもすごい。終楽章のソプラノもギーレンが登用したのだろうか、この演奏に(この曲に、ではない)ぴったりときていてここまでの独自の雰囲気を持続させている。

私はギーレンのブルックナーはいまいち好きになれない。ブルックナーの曲のイメージは秋か冬といったところだが、それをギーレンが更に物悲しくやってしまうとまったくもって救いようがなく無機的なものとなってしまい、興味が湧かない。その点マーラーの曲のイメージは春や夏なのでギーレンの魔法をかけると春や夏の持った物悲しさを垣間見れるようで癖になってしまうのだ。そんな感じ方をするのは私だけかもしれないが、ギーレンのマーラーも『大地の歌』を含めてチクルスを完成してほしいところである。


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